
最近人に会う機会が少なくなって、実は人脈っていらないんじゃないかと思っている。

とはいえ、人とのつながりは多いほうが安心。
知り合いや人脈が広がれば広がるほど、お付き合い的な乗り気のしない付き合いも増える。
しかし、これまで築き上げた人脈を手放すというのも不安があるが、実際はどうなんだろう。
そこで、今回は大々的に人脈不要論を語っていこうかと思う。
この記事を書いた私は、これまで会社を経営してきて、肩書で寄ってくる人やステークホルダー(利害関係者)と広く人脈を築いてきた。
むしろ勝手に築かれる環境にあった。
その結果、トータルお互い損をしていることに気付いた。
そして、現在、プロニートとしてほぼ、オンライン仙人のような生活をして何不自由なく生きている。
むしろ余計なストレスや経費もかからず快適で利益率も最高に良い。
人脈はいらない…はガチで本当
結論、人脈を広げる努力は、人類が経験した無駄の中でベスト3に入る。(ちなみに他2つは、見栄・プライドと大きな固定費または負債)
なぜなら、人脈を広げようと躍起になっている人ほど、貧乏暇なしになるから。
では、そこまで人脈を広げる努力を否定するということは、いったいどういうことか?
まず、思い浮かべてほしいのが、あなたのまわりにもきっといる、やたらと人脈を広げようとする奴。
異業種交流会、新たな人と出会うための飲み会に参加しまくっているサラリーマンや自営業者。
1人は頭に浮かぶのではないかと思う。
あのギラギラした感じで、“人脈、人脈…”と言ってる感じ。
恐らく、その人は人脈を駆使して稼ぎたい下心があるのはお察しの通り間違いない。
しかし、稼げているだろうか?
ちなみに私はそんなことをして、事業拡大をしている人を見たことは無いが。
間違ってほしくないのが、サラリーマンや自営業者を貧乏暇なしと言っているのではない。
人脈ガー、人脈ガー…を連呼している人をさしている。
そこに時間や金のリソースを使っているということは、仕事に本来使うべき金や時間を、金脈になりそうな人脈探しに消費している。
時間的にも、金銭的にも豊かになりようがない。
でも、いい出会いがあれば後々回収できるのでは?
これは、人脈はいらないというと、揃いもそろって同じことを言われる。
そもそも【後々、回収】しようとするその下心は必ず相手には、見通されている。
現に私が経営者で肩書で生きていたころは、そのような【後々、回収】しようとする群れが大群で押し寄せてきた経験は山のようある。
まずこの【後々、回収】しようとする人は、大きく2つのミスを犯している。
まず1つは、後々回収しようとする行為は、ギャンブル行為だ。
なんの根拠もなく、そもそも相手にすらされない可能性が多い中、稼ぐために使うべきお金や時間をそこに突っ込むわけだ。
これは【投資】ではなく確実に【ギャンブル】の類に入る。
これまで、累計どのくらいの時間、お金を【人脈】に突っ込んできたか?
それを回収するビジネススキームはお持ちだろうか?
スキームもないのにリソースを突っ込む、それがギャンブルと言っているのだ。
もう1つ。
それは、あなたが自分の人脈にしたいと思う格上の人は、あなたと繋がるメリットはない。
というのも、その人脈にしたい格上の人からすると、あなたよりもっと実務をこなせる人と付き合いたいわけだ。
【稼ぎたい】は共通認識。
その人脈にしたいという格上の人も、間違いなくもっと稼ぎたいわけで…
稼いでいないあなた、よりも稼いでいるor稼いだ実績のある人と繋がりたいと思うのは、至極自然の事だ。
これが、人脈症候群の人が【後々、回収】できないスキームだ。
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では、自力で稼いでから人脈を作るが正解?
その通り。(だが、この話にはオチがある)
ビジネスはボランティア活動ではない。
ビジネス的な価値がないと、誰も繋がろうとはしてくれない。
まずは、自力で稼げる実証が必要。
ちなみに、誰かの力(人脈)や看板で稼ごうとするのは、サラリーマンと同じビジネススキームだ。
繋がりや所属の力を使って稼ごうとする人自身、独立や起業は向いていない。
まずは自力で稼いで、相手につながったほうが良いメリットを見せる。
これが正しい人脈のつくり方だ。
何か稼いでいる人と繋がりたいだろう?
それは相手も同じだ。
ただし、タイトルではそもそもの人脈を否定している。
そこには、理由がある。
自力で稼げるようになれば、【そもそも人脈が必要なのか問題】が発生する。
稼ぐために人脈が欲しいわけで…
そもそも一人で稼いでいれば、そのまま時間とお金を、現行稼いでいることに突っ込んだ方がよくないか?
そうなれば、人脈よりも、自分の代わりに働いてくれる従業員が欲しくなる。
私は実際、そうやってきた。
皮肉なことに、店舗展開や従業員数が増えると、【若いのにすごいですね、ぜひ繋がりましょう】というお誘いが群れてくる。
もう、人脈は必要ないフェーズなのに。
そのころには、人脈よりも、転職サイトに求人を出して【人財】という従業員を血眼になって探していた記憶がある。
ということもあって、人脈はガチのガチでいらないのだ。
稼ぎたければ自力で。
レバレッジをかけたければ人脈でなく、従業員を雇えばいいだけだ。
人脈の断捨離をするメリット・デメリット
ただ、人脈活動を停止するとメリットもあるが、デメリットも存在する。
おそらく人脈活動をしている人は、人脈を手放したときの不安があると思う。
そこで、実際に私の経験をもとにリアルなメリット・デメリットを紹介しよう。
人脈の断捨離で得られるメリット
- お金が浮きまくる
- 自力で稼ぐ時間や、好きなことに使う時間が増えまくる
- 気の乗らない人、断りづらい付き合いによるストレスが一切ない
- 付き合う人を選ぶ立場になれる
- 最終的にギブアンドテイクできる超・格上から誘いきまくり
お金が浮きまくる
単純に、無駄な飲食、お付き合いによる購買が一切なくなる。
その分が、全て利益になるので、好きなことに使ってもいい。
自営業者なら、これまで人脈活動に費やしてきた費用分を働かなくてもいい、という選択肢ができてくる。
自力で稼ぐ時間や、好きなことに使う時間が増えまくる
特に夜の時間が、増える傾向にある。
マジメなことを言えば、スキルアップのための時間に充てればいい。
おすすめのプロニート流スキルアップ法は下記の記事にまとめてある。
とはいえ、スキルアップもめんどくせーと思うなら、酒でも飲んで寝ていればいい。
まあ、要は自由だということ。
気の乗らない人、断りづらい付き合いによるストレスが一切ない
人脈活動をしていなくても、気の乗らない人からの誘いや、断りづらい誘いは往々にして存在する。
人脈症候群の人は、なおさらだ。
1%でも行きたくねー、と思ったら素直にいかないことだ。
ビジネスもスポーツも同じ。
余計なストレスがメンタル的に負担になるので、低パフォーマンスになりがち。
付き合う人を選ぶ立場になれる
人脈活動あるあるが、誘われたらとりあえず顔を出しとけ、という謎の呪文。
そうしているうちは、常にチョイスされる側になる。
大抵、チョイスされる側=搾取される側、の公式が成り立つ。
受けた誘いは、こちらがチョイスする。
本当に、自分を欲する人は懇願して誘ってくる。
いくら懇願されても参加するか否か、チョイスするのはこちら側の権利だ。
1%でも行きたくねー、と思ったらいかなくていい。
なぜなら、チョイスする側だからだ。
自分の所有する時間と金の使い道は、自分で決めることができる。
逆に、こちらからの誘いに、【とりあえず誘われたら顔を出しとけ精神】でホイホイついてくる奴の所有する時間と金は、こちらがどのように使うか決めることができるということ。
どの店に、何時に来てくれといえば、間違いなくそいつは、こちらが指定した時間に、指定した店に金を落としてくれる。
チョイスする側になると、他人の資本まで自由に操れる。
これが、付き合う人を選ぶ側と選ばれる側の悲しき法則だ。
最終的にギブアンドテイクできる超・格上から誘いきまくり
上の4つを徹底して、自ら格上に懇願することなく、自力で、時には従業員を使いながら、稼ぐとどうなるか。
格上が上から、自分を眺めていてくれる。
そして、何かの拍子に格上から誘いが来るようになる。
私の場合は、自社をM&Aで売却したタイミングで一気に訪れた。
これまで、人脈だと思っていた人や手下からは、「アイツついに自分の会社手放しやがったワロスWW」状態であった。
がしかし、超・格上からは「おめでとう!キャピタルゲイン(会社売却益)はタンマリ入った笑?それよりウチのビジネス手伝ってよ」といった具合だ。
必ず、自力で“武器”を磨いていると、何かの拍子に上からのお誘いが来る。
ちなみに私は丸5年かかったが、これでも早いほう。
人脈の断捨離で受けるデメリット
- 時間、金が余って逆に不安
- 孤独感というより孤立している感覚
時間とお金が余って逆に不安
人脈活動あるある.その2は、“飲み会、異業種交流は仕事だ”という謎の誰からも頼まれていない使命感。
当然、そこにお金と時間を投下しているわけで。
それが、急になくなると、それまで使っていたお金と時間は余る、至極当然のことだ。
ただ、これまで仕事の一部だと思っていたことが、なくなっているにも関わらずお金と時間が余るので不安になる。
特に時間が余りまくるので、勝手にお金が入ってきているような錯覚になる。
勝手に銀行預金が増えていたら当然「えっ?なにか間違い?」と思うことは想像つくだろう。
そんな感じになる。
当然、勝手に増えたわけでなく“無駄”がなくなって、出ていくお金が減っただけなので、お金が増殖したわけではないのでご安心を。
孤独感というより孤立している感じ
多分聞いたことはあるとは思うが、人の断捨離をすると初めは孤独感を感じる、ということを。
実際、私は孤独感というよりも、“孤立”感だった。(ビミョーな表現で申し訳ない)
というのも、とりあえず視界には家族・従業員・道行く人など人が目に入るので“孤独”な感じ、独りな感じはしなかった。
しかし、これまで無駄にあってきた人達と心理的・物理的なつながりがなくなったので、人混みの中にポツンと立たされているような“孤立感”を感じた。
しかし、それがやがて本当の自分の中の“独立”感になる。
分かりやすく言えば、コントロールする側になる感じ。
まあ、慣れますよ。
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どうやって人脈の断捨離をするか?
簡単だ。
こちらから、連絡を取らない事だ。
こちらからの“会いましょう、繋がりましょう”をまず無くす。
そして1%でも参加したくないことは、全断りを貫く。
これをするだけで、人脈の断捨離ができる。
これをすると全く独りなるだろう、といわれそうだが、実際そんなことは無い。
100%行きたい、と一点の曇りなく思えるなら参加すればいい。
ちなみに、本当に必要とされていれば、相手から誘いがある。
こちらから、わざわざ声をかけないといけない、お願いしなければいけないものは、相手からは必要とはされていないので、必要とされるまで自力で結果を残し続けるしかない。
この凡事徹底を貫くことで、人脈の断捨離ができる。
そして、それでも残った人があなたのキーマンになるだろう。
そしてここまで読んで本当に、人脈の断捨離をしたいのであれば、下記の本を、人脈断捨離の教科書にすればいい。
人脈を広げ続けることに疑問を持った人は絶対に読むべきだ。
答えは全てそこに書いてある。
それでもなお、人は人脈をなぜ求めるのか?
狩猟・採集時代を集団生活で乗り切った本能的な名残。
狩猟・採集の時代は、人間すらをも食う動物は大勢いた。
危険も多かったのだ。
だから、人が人を求めて安全に過ごすために本能に刷り込まれていった。
このころは、独りで彷徨うことは、ほぼ“死”を意味していた。
現代のように一人で暮らすなんてことを示す、史跡は見つかっていない。
揃いも揃って集団生活の遺跡が発掘される。
しかし、今は街中に虎はいないし、マンモスなんて、とうの昔に滅びた。
だから、原始時代のように集団で生活しなくても生きていける。
だが、未だに脳がアップデートできていないのか、人を異常に求める人間が一定数いる。
むしろ現代においては、集団生活は経費が掛かって不経済。
そんな、こんな事情もあって未だに人脈症候群の罹患者が減らないのだ。
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