【プロニート流・ラクに生きる】“嫌われるのが怖い”は当たり前

ビジネス

嫌われるのが怖くて行動できないことがある。

皆から好かれることは無理だということは分かっているけどそれでも、嫌われることは怖い。

今より少しでも、周りの目を気にせず生きていければどんなに楽か。

もう少し気楽に生きていける思考を身に付けたい。

後に話すが実は、これは【肥満】と同じ昔はなかった悩みだ。

今回は、私が【嫌われるのが怖い】を失った経験をもとに、皆さんの【嫌われるのが怖い】を取っ払おうと思う。

この記事を書いた私は、サラリーマンから起業して自分でビジネスをするにあたって、実際に“嫌われるのが怖い”という思いがさらに強くなった経験がある。

それは、嫌われると商売あがったり、という状態になるのではないかという自分の勝手な想像も手伝っていたのかもしれない。

そして、そこに見栄・プライドが加わり尚更生きづらくなった経験がある。

ガチガチの【嫌われるのが怖い】症候群だった。

しかし、今は自由に“プロニート”として嫌われるべき人に嫌われながら、好かれるべき人に好かれながら生きている。

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“嫌われるのが怖い”は当たり前

嫌われたくないという思いがあるのは、もはや本能に刷り込まれている。

むしろ、それが人間のデフォルトモード。

元々、人間は身体的に他の野生動物より劣っていて、集団生活を行いながら生き延びようとする習性があるから。

現代は、飽食に時代だし、街中で野生動物に襲われることもない。

もう、集団で狩りや農業をしなくても食っていける。

しかし、人類の歴史上、集団生活なしで生きていけることができるようになったのも、ここ数百年の事。

もちろん日本の話。

まだまだ、地球上では、1人で生活するには危険な地域はいっぱいある。

なので、1人暮らしなんて、昔はあり得ない事だったのだとか。

チーム戦が得意だったからこそ、人類が発展したわけで、上手くチームワークができない人間は淘汰されていった。

1人=死、という時代がかつてはあった。

そうならない為にも、チームワークができるように本能に【嫌われない】が刷り込まれている。

死ぬより、超・無理してでも皆に好かれて、チームに加わって生き延びられた方がいいのは当然。

生きるために【嫌われない】ことが重要だった時代がある。

だから、【嫌われることが怖い】という感覚を持っているのは、当然の事。

しかし、もうお分かりの通り、現代の日本はすでに、超・無理してでも好かれなくても十分に生きていける。

仮に今の職場や学校で嫌われても、適当に工場とかでバイトして、コンビニで食事を済ませれば生きていける。

かつてのように死ぬことは無い。

そのことに気付いた人が【嫌われるのが怖い】【なんか生きづらい】と感じる。

だから、そう感じている人は本能がアップデートする直前なのかもしれない。

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完全にアップデートさせるために

「俺が、私が、嫌われたとしても大して世界は変わらない」ということは念じろ。

この一択。

本能や潜在意識は、ある程度、意識した行動や、意識した思考を働かせないと封じ込められない。

なので、自分が誰かに嫌われても世の中ビクともしない、ということをまずは念じ続ける。

地味だけど効果は大であることは保証する。

このように、本能はある意味“力づく”で抑え込まなければいけないのも理由がある。

【嫌われたくない本能】と同じく【肥満】も実は刷り込まれた本能だということをご存じだろうか?

なぜ人間は、肥満になるのか?

それは、消費するカロリーよりも、摂取するカロリーが大きいから、余計に摂取した分を“体脂肪”として蓄えるから。

そして、積み重なると生活習慣病としてしまいには命を落とすことになる。

「命を落とすような本能ってなんだよWW本能になってねーじゃんWW」と思われるだろうが、よく聞いてほしい。

飽食の現代の時代においては、“体脂肪をため込む”というのは、危険なことだ。

しかし、いつ次の食事にありつけるか分からない状況に置かれては、摂取したものは体脂肪としてエネルギーをストックしておかなければ、むしろ死ぬ。

長い長い人類の歴史の中で、飽食の時代は、ここ50年くらい。

もちろん、北半球の先進国に限る。

今でも食糧危機に瀕している地域は少なくなっているものの、確実に存在する。

食べたものはできるだけカロリー消費せずに、ため込みたい。

いつありつけるかわからない次の食事まで。

それが、北半球の先進国の人にとっては、食べたものをため込むという人類が生き残るための本能が仇となって【肥満】を誘発している。

人類が生き延びるために獲得した、本能も仇となることが往々にしてある。

それが、【嫌われるのが怖い】だとか【肥満】だ。

もう、そんな本能は必要ない。

むしろ、副作用の方が目立ってきている。

生き延びるための本能が不要になったというのは、【豊かになった】【人類の困難を克服した】ということ。

もう必ずしも、集団で生活しなくても死なない。

ただ、本能はすぐには消えない。

力ずくで「嫌われたところで世の中変わらない」と念じよう。

そうでなければ、あと数世代その本能を持ち越すことになる。

ぶっちゃけ好かれても人生損することも多い

これなんですよ。

好かれることで実害のほうが多い。

好かれると、余計な電話連絡が来る、余計な誘いが来る…

これが、お互いに認め合っている場合であれば、むしろうれしいことだ。

歓迎する。

しかし、一方的にこちらの都合も考慮せず、得てして益もない事を一方通行されるのは苦痛でしかない。

経営者をしている頃なんて酷かった。

勝手に知り合いにされるは、どこから連絡先を聞いたのか、いきなり誘いの電話連絡が来るのは日常茶飯事だった。

また、1回会っただけでビジネスを一緒にしよう系の誘いも多数。

時間もお金もリソースは限られている。

相思相愛の人に使いたいに決まっている。

なのに、横入りしようとしてくる輩。

好かれる・嫌われるというのは、こちらがコントロールできないことだ。

人の気持ちをコントロールできる・しようとするのは傲慢でしかない。

ふいに好かれることもあれば、その逆も然り。

そこは理解しているが、にしても大勢に好かれるのも考え物。

というのもあって、私は【嫌われるのが怖い】という本能をなくしたのかもしれない。

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とは言っても、嫌われるのは怖くない?

怖い思いをすることは正直ある。

というのは、相手の【嫌い】が【攻撃】に変った時は怖い。

しかし、一方的に【嫌い】と思われるだけは、先ほどのように「そいつに嫌われたとて、世の中が変わるわけではない」のでそれ自身はどうでもいい。

こちらから、嫌われるようと働きかけると、相手の立場からすると【先制攻撃】された気分になる。

それは当然、【嫌われる】だろうし【報復攻撃】の対象になる。

それは怖い。

だから、先ほどの話の通り、相手の気持ちをコントロールしようとするのは傲慢。

それが、故意に自分を好きにさせようとすることも、逆に嫌われようとすることも。

だから、わざわざ嫌われろ、と言っているのではない。

そうすると、恨みを持たれて【攻撃】される。

今は、SNSなどもあるから攻撃手段に困ることは無いだろう。

このように、恣意的にどちらかに誘導すると【弊害】が起こる。

もちろん、好かれようとすると【攻撃】はなくても何らかの【弊害】は起こる。

それの究極はストーカーだろう。

相手が自分を好いているのか、嫌っているのか自体はさして、世の中には影響はない。

怖いのは、こちらがコントロールしようとした後の【弊害】。

それは好き側にコントロールしようとも、嫌い側にコントロールしようとも。

少しでも楽に生きていける思考法

今、嫌われることに恐怖を感じて、【生きづらい】と感じている人はもう、じきにその恐怖はなくなる。

【生きづらさ】はその兆候だ。

心のどこかで、気付いてる。

「もう、みんなにわざわざ好かれなくても生きていけるくね?」

しかし、本能が邪魔をするから、葛藤している。

あと一歩だ。

飢餓や、野生動物の餌食になることはない。

むしろ今の日本でそうなれば、Yahoo!ニュースのトップを飾る。

それくらい、仮に1人になっても生命は保証されている。(嫌われまくったせいで1人になるほうが難しいが…)

だから、仮に職場や学校の狭い世界で【はじかれ】たって別の生き方が必ず用意されている。

転職してもいいわけだし、学校なんて辞めて就職するなり、起業するなりしてもいい。

無気力なら、単純作業のバイトでもとりあえず飯は食える。

我々の先祖は、嫌われることが、村八分につながり、やがては死にいたっていた。

そのために、必死に嫌われないように頑張っていたのかもしれない。

【嫌われない】ように頑張った先祖に感謝しよう。

おかげで、嫌われたとて生きていける時代を築いてくれたのだから。

【嫌われたとて生きていける】事実に気付いた、しかし本能が【嫌われるな】と指図する。

このギャップをビンビン感じているのであれば、あと一歩。

あと一歩、一押し欲しいのであれば、ぜひ下記の書籍は最強に効く。

メンタル最強の新人類になって活躍することを期待して。

※【嫌われる勇気】だけでも最強メンタルは、手に入れられるけど【幸せになる勇気】もいい書籍なので興味があればぜひ。

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